バリキャリ乙女のイド端会議室

主に婚活、時々しごと。華麗なるバリキャリの脳内会議の一部始終。

ルージュの伝言

ぬぉぉぉおぅぅぉっっ!
ストレスマーックス!!

 

どうもこんばんは、年間300日スーツで過ごす女、乙女イシイドです。

 

決算期に入りまして。
忙しいことは忙しいのだけど、それよりもオモシロおかしく記事を書くメンタルになかなかなれんわー。
ただでさえ、普段から筆が遅いのに。
いや、筆で書いてるワケじゃないけどさ。
会社勤めしながら毎日欠かさず記事をあげてるブロガーさんはほんとにすごいね。
イシイドもできる限りでがんばりますのでよろしくお願いいたします。

 

 

ストレスの解消は口紅で

 あっのひっとのママに会うために~
なんて展開ではございませんのでご安心を。

 

 

落ち込みをリセットする

 ワタクシ、イシイド マキは一応バリキャリを名乗ってはおりますがまぁまぁへっぽこでございます。えへ。
バリバリ業績をあげてるのならカッコいいのですが、失敗もするし怒られもするしケンカもいたします。
むしろ無様に這いつくばって、悔し涙で帰宅の途につくことの方が多いくらいです。
日常的なストレス解消にはやっぱり晩酌!なのですが、時々、酒で紛れるようなレベルではなく落ち込むことも。

 

そんな時は口紅を買います。

 

 

口紅で新しい自分になる

 新しい口紅は新しい自分を連れてきてくれます。
ほら、失恋すると髪を切るじゃない?
あれと一緒。
ホンのちょっとのイメージチェンジと気持ちのリセット。
まぁ殿方さまだと、本当に新たな世界の扉を開いちゃうことになるかもしれないけど、そこんところは責任とらないので悪しからず。

 

デパートで買うと5,000円6,000円当たり前だけど、ドラッグストアなら1,000円から。
高くても3,000円。
なんならコンビニで買ったっていい。
無駄な買い物と思われるかもしれないけれど、飲み歩くよりもずっとリーズナブルだ。


そうやって自分のご機嫌をとりながら、明日も会社に向かうのです。

 

 

ルージュの思ひ出

 さてそんなコスメオタクのイシイドですが、母の影響を受けた訳ではないようです。
私の母は若い頃から化粧っ気はなく、アクセサリーもしなければ、人のオシャレには散々口を出すくせに自分は地味好み。
とても影響があったとは思えません。

 

 

初めて『女』を意識した時のこと

 記憶を手繰っていくと、小学校の低学年くらいの頃。
記憶が曖昧すぎて分からないことだらけなのですが、しばしお付きあいください。

 

おそらく夏休み。
母方の祖父母の家に遊びに行ったことがありました。
年の近いいとこもいなかったので、普段は遊びに行っても私たち姉弟だけです。
ところがこの日は母の兄たちも集まっていました。
特に冠婚葬祭というわけでもなかったようですが、母は大人たちの相手をしていて私たち姉弟は裏の川原で遊んでいました。

 

祖父母の家の裏には大きな川がありました。
川原といっても実際には草がぼうぼうに繁った草はらがあって、川はその下に流れています。
川原までは2~3メートルの高さがあったので子どもだけでは降りられません。
私たちは草はらを探検していました。

 

ふと、気がつくと伯母が付き添っていてくれました。
母の、どの兄の奥さんだったのかはわかりませんが、迷子になったり川に落ちたりしないようにお守りをかって出てくれたようです。
今でこそ、『嫁』の立場で居づらかったのかな、なんて思ったりもしますが。

 

伯母は、ハッキリとした派手な顔立ちの美しい人でした。

 

当時で言うソバージュヘアで、真っ赤な口紅。
大きな口が笑うと逆に怖いくらいだったけれど、人見知りの私がすぐになついた。


伯母は木の実?草の実?で作った首飾りをくれたのだ。
そんなに大層なものではなかったのだけど。
シロツメクサで花冠をつくったり、草笛を吹いたり。
そんな昭和な遊びのひとつなのだろう。
その実の正体が何なのかは分からない。
『しゅす』と呼んでいたように覚えているのだけど、今、検索してみてもそんなものは出てこない。
小さな玉ねぎのような形をした5~8ミリくらいの実で、貝殻のタカラガイにも似ていた。
ごく普通の木綿糸で数珠状につないだだけのものだったけど、なぜか夢中になった。

 

その草はらで、『しゅす』をどうやって集めたのかもおぼろげで、たぶん拾い集めたのだと思う。
小さな手がいっぱいになったとき、伯母がハンカチを貸してくれた。
ごくごくありふれた、なんの飾りもない真っ白なガーゼのハンカチを。
だけど、私はそのハンカチに目を奪われた。

 

そこに口紅がついていたからだ。

 

直接口をぬぐったのか、なにか指などについたものをぬぐったのかも分からない。
ただ、真っ赤な口紅が細く弓のように引かれていたのだ。

 

私の母だって口紅くらいは塗っていた。
『口紅』を初めて見た訳ではない。
ただ、その鮮烈な『赤』に『大人の女』を感じたのだ。
母とも友達のおかーさんとも、近所のおばさんとも学校の先生とも違う。
『憧れ』とも違う。
なにか、蠱惑的で、だけど淫靡とも言える。
そんな見てはいけない、触れてはいけない世界を見てしまったような気がした。

 

あれから伯母には会っていない。
そもそも一体だれであったかもあやふやだ。
それでも、うっかり垣間見てしまった『大人の世界』は今でも忘れられない思い出なのだ。

 

 

ルージュの伝言

 そんなわけで、少女イシイドが初めて『大人の女性』を目の当たりにした後。
すぐにお化粧に目覚めた、ということはありませんでした。
むしろそこから遠ざかるように。
今でこそ、小学生でもリップくらいは塗るみたいですが、イシイドはお化粧を始めたのは大学生になってから。
コスメオタクではありますが、ナチュラルメイク派です。
口紅もピンクやローズといった明るい、お花のような色を好んでいます。

あの川はらの思い出が尾を引いているのか『赤い口紅』は似合わないし苦手だと思っています。
それがキャラだし、客観的に見ても淡い色の方が自然で似合っていると思います。
明るい太陽の下では。

 

 

『血』の勲章をポケットに

 

そして。
今日も涙をこらえてトイレに駆け込んだ。
会社のトイレは扉を開けると真っ正面に鏡がある。
飛び込んだ自分の姿にがく然としてしまった。

 

死人のような顔色。

 

ろくに化粧も直さずあわただしく駆けずり回り、ストレスいっぱいの無防備な顔。

淡い明るい口紅は明るい太陽の下ではきれいに見えても、残念ですが、夕方のトイレの蛍光灯の下ではほぼ屍です。

こういうときに似合う口紅は『赤』なのです。


といっても、最近流行りの赤リップでもなく、もちろん小学生の時に見た『大人の赤』でもありません。

いろいろと試して出た答えが、
鼻血やすり傷が乾いて茶色に変色したような『血』の色なのです。

 

今思えば。

もしかすると小学生のあの時。
あのガーゼのハンカチについていたのはこんな『血』の色だったのかもしれません。
派手な外見のせいか、勝手に妖艶な『大人の女』のイメージを抱いてしまっただけで、伯母はごく普通の女性だったのかもしれない。


それは小学生の女の子の気を上手に引いたこと。
あのハンカチが、ただただ質素で素朴なガーゼのハンカチだったこと。
これらが物語っているではないか。

 

華やかなお花の色ではなく、褐色に変色した『血』の色。

 

華やかな色が似合わなくなるのは、もしかしなくても、肌のくすみや血行不良といった『老い』や『劣化』の現れなのだろう。
だけど『血』の色が似合うようになるのは勲章なのだ。
これは『大人の社会』で戦って傷ついてきた血の色なのだから。
バリキャリだろうが専業主婦だろうが関係ない。

 

鏡の中のルージュが告げる。

 

『あなたはもう立派な大人なのだ』と。

 

似合うようになってしまった『血』の色の口紅をポケットに忍ばせて、私は」明日も戦う。