こんばんは、年間300日スーツで過ごす女(育休中)、バリキャリ乙女のイシイド マキです。
毎年四月某日、私は甘酸っぱい気持ちになる。
甘酸っぱいといってもイチゴやレモンの様なみずみずしいものではなく、まぁ、らっきょう漬けみたいなもんでございまして。
四月某日は私の暫定初恋の人の誕生日なのです。
暫定初恋の人の思ひ出
暫定初恋の人は私が小学校の高学年から中学二年生くらいの間、「私の好きな人」として公言していた人だ。
なぜ暫定かといえば、これくらいのお年ごろは一応『好きな人』を設定しておかないと友達との話に乗り遅れてしまうから設定し、設定することで本当に好きになったような気分になるという程度の『好きな人』だからだ。
そしてたぶんもっと幼い頃にもそういう人はいたらしいのだけど、本人が覚えていないので仕方がない。
この人を暫定とさせていただく。
悪しからず。
さて、この暫定初恋の人との直接の思い出は実は全くないのです。
そりゃ、遠くできゃーきゃー言っているのが楽しいだけなので当然だよね。
ではなぜ甘酸っぱいのかというと、大学の時になる。
いつも一緒にいた友達が入っていたサークルの幹部が彼だったのだ。
イベントの参加募集のチラシに彼の名前を見つけた時にはトゥンクな展開を期待したのだが、天然清純派である友人に彼の印象を聞いてみたところ、
「ん~………軽~い?」
とふんわり言われてしまい、喉の奥がしょっぱくなったというなんともやるせない思い出が残った。
どちらかというと硬派で有名だった彼が大学デビューしちゃったのかなんなのかわからないが月日は人を変えるのね、ああ無情。
で、イシイドはこれまで好きだったりお付き合いした人たちの誕生日はおろか、顔や正確な名前すらおぼろげになるという完全上書き派なのだが、なぜかこの彼の誕生日だけは覚えている。
なぜなら、彼の誕生日と私の両親の結婚記念日が1日違いだからだ。
両親におめでとうを言おうとする度に思い出して甘ずゅっぱくなるのですよ。
アメリカ横断ウルトラクイズの呪い
さて、毎年こんな風に彼を思い出すと更に思い出すことがある。
『アメリカ横断ウルトラクイズ』だ。
世代の人にとっては名前を聞くだけで「おお~」と胸熱になる名番組だが、そうでない人でもチャ~ラ~ラーラーラーララーというテーマソングやティリリ、ティリリ~という罰ゲームのテーマは絶対にどこかで聞いているに違いない。
念のために説明しておくと『史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』は視聴者参加型のクイズ番組だ。
「ニューヨークに行きたいかー!」
と総合司会の福留(後に福沢)アナウンサーの問いかけに会場もお茶の間熱狂した。
東京ドーム(後楽園)を国内予選会場とし、予選突破後はアメリカ国内の『チェックポイント』でその土地にちなんだクイズを行う。
『知力・体力・時の運』をキャッチフレーズに知識だけでは解けない問題とアメリカならではのスケール感が魅力だった。
例えば『バラマキクイズ』はその代表格で、アメリカの広大な大地にセスナで問題の入った封筒をバラ撒く。
挑戦者は封筒を拾って回答席に戻るのだけど封筒の中には『ハズレ』もあり、問題が出るまで取りに走らなければいけない。
挑戦者が名所をバックに汗だく泥だらけでゼーゼー言いながら走り回り、続けて『ハズレ』を引く。
その姿にお茶の間は声援を送り、回を重ねるごとにファンがつく。
挑戦者同士の間もライバルながら、長い旅の中で仲間としての友情が芽生えていく。
決勝が近づく頃にはひとり、また一人と敗退していく仲間との別れに涙する。
クイズ番組であるが、そんな人間ドラマのドキュメンタリーとしての側面もあった。
『アメリカ横断ウルトラクイズ』はしようと毎年夏休みが終わった頃から三ヶ月ほどかけて放送されていた。
ゴールデンウィーク明けに五月病が多発するが、夏休み明けに九月病があまりでないのはこの番組があったからではないかと本気で思う。
それくらい楽しみにしていた番組であった。
さて、そんなアメリカ横断ウルトラクイズがなんなのかというと、とある罰ゲームを思い出すのです。
アメリカ横断ウルトラクイズでは敗退すると過酷な(?)罰ゲームが待っています。
牧場で牛や羊やらを追わされるというような体力系のものから、街中で『私はクイズで負けました』という看板を持って立たされるというような恥ずかし系、更には砂漠でヒッチハイク(車通りはほとんどない、実質徒歩)をしながら帰るという本当に帰れるの?系など様々だ。
その罰ゲームでは敗者となった彼がある男の元へ連れていかれた。
男は彼に命じた。
「0から9までの数字に全く意味を持たないイメージをセットで覚えてくれ」
例えば、0がバナナ、1がニワトリ、2がボールペン、3がコスモス…といった具合だ。
何千人もの挑戦者たちの中からここまで勝ち上がってきた彼にとってはそれほど難しいことではなかった。
覚えたものを諳じてみせると男はニヤリと笑って言った。
「OK、完璧だね。君は絶対にそれを忘れることはないだろう」
罰ゲームはここまでだった。
驚くほどあっさりと彼の罰ゲームは終了した。
番組のスタッフが撤収の作業に入り、彼は空港行きのタクシーに乗せられる。
見送りはカメラマンが一人。
この数週間、あれほど情熱を傾けてきたのに終わるのは本当に呆気ない。
空港に着くとカメラマンはギリギリまで彼に付き添ってくれたが、なぜかカメラは回したままだった。
そして出発ロビーに足を踏み入れた時、彼は全てを悟った。
「そういうことか……!」
出発ロビーに掲示されたおびただしい数の数字。
13:45 Tokyo NH1X7 789
14:05 Tokyo NH4X8 786
14:55 Tokyo……………
先ほど覚えた全く意味を持たないイメージが数字の数だけ彼を襲った。
『君は絶対にそれを忘れることはないだろう』
あの男の正体は地元で有名な催眠術を使ったパフォーマーだった。
この意味を持たないイメージを忘れるためには、あの男にもう一度会って催眠術を解いてもらわなければならない。
戻るか、帰国するか。
振り向くとカメラマンは既にいない。
そしてあの意味を持たないイメージが次々と呪いのように襲いくるのだった。
と、いう罰ゲームがあったのですよ。
詳細は忘れてしまったのでかなり創作で補ってますけど。
もちろん、番組では挑戦者が安全且つ無事に帰国できるようカメラの回っていないところでケアしている、ということなので彼の催眠術も解けているはずです。
それでも時々思い出して彼はあのイメージにいまだに襲われているのでは………なんて考えてしまったりするのです。
だから私の両親の結婚記念日が近づくと、暫定初恋の人経由アメリカ横断ウルトラクイズの罰ゲームという『全く関係のない事柄が紐付いて別の事象を思い出す』のだ。
まるで呪いのように。