バリキャリ乙女のイド端会議室

主に婚活、時々しごと。華麗なるバリキャリの脳内会議の一部始終。

西武そごうお正月広告論争について今更ながら考えてみた

こんばんは、年間300日スーツで過ごす女、バリキャリ乙女のイシイド マキです。


年明け早々に西武そごうが炎上しましたそうな。
若干、今さら感はあるもののSNSをはじめ、表現方法は慎重に選ばなきゃなーと思った次第でございます。

 


西武そごう広告騒動とは


西武そごうが掲載したお正月の企業広告。


女性の顔面に生クリームがぶちまけられているインパクトのあるものでしたが、この広告が不快だと炎上したのです。
原因となった広告はこちら。

 

わたしは、私。 | 西武・そごう


2017年に樹木希林さんを起用して『わたしは、私』というキャッチコピーで絶賛された広告の第二弾になります。
一見誰だか分かりませんか、モデルの女性は樹木さんと同じくカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した安藤サクラさん。


実力も実績もある女性に生クリームをぶつける。
女性の時代と言い続けて女性の時代が来ないなら、男とか女とかは関係なく『わたし』という個人の時代にしませんか。
とコピーが続いてきれいにまとまったように見えます。


ところが、英語で『creampie』は隠語で性的な意味を持つことから、制作側が知らないわけがなく確信犯的な女性蔑視だと更に批判されることに。


さて、この広告を見てあなたはどんな印象を受けたでしょうか?

 


イシイドの所感は


さて、私にはこの広告が女性蔑視であるかどうかは分かりません。
ただ、やはり見て気持ちのいいものではないということはハッキリしています。


人の顔面にものが投げつけられている、これは被害者が女性でなくたって気分が悪い。
むしろ子供や老人、動物だったらもっと不愉快なんじゃないだろうか。
不快なものを掲げて『だからやらないで』と訴える手法もあるが、これはそういう類いの啓蒙ポスターではない。


そして画像の下に添えられた


『食用ではない特別なクリームを使用しています。』


の文字。
確かに食べ物は大切にしなきゃいけないよ。
だけども食べ物を大事に、の前に人に尊厳を、だ。
食用かどうかの真偽なんてどうだっていい。
せっかく攻めたくせにそこはピヨるのね、と少し残念な気持ちになった。


そして、この広告を見て「元気になれた」という意見もあるようだが、それはそのあとに続くコピーを読んだか、パイを投げた側の視線でこの広告を眺めているかのどちらかだ。


人間には三通りあって、


『攻撃する者』
『攻撃される者』
『傍観する者』


『攻撃される者』と『傍観する者』には視界を塞がれる恐怖、肌に髪にまとわりつく感覚を想像するだろうから「元気になれ」ることはないだろう。
つまり大半の人が一見で不愉快の烙印を押す『画像』なのだ。


では、これに続くコピーはどうだろう。


『女の時代なんて、いらない?』


攻めた風のキャッチコピーだが、最後の『?』がピヨり感を際立たせる。
だけど続くコピーでようやく合点が行くのだ。


男社会をほふく前進し続けたイシイドは、本来、ご褒美であるはずのスイーツ(男女雇用機会均等法とか、女性躍進とか)を投げつけられてきた実感がある。
アメと鞭ではなく『アメで鞭打つ』なのだ。
女性の地位向上を目指したはずなのに、その制度が女性を苦しめる。
私は現場でイヤというほど味わってきた。
その現実を『パイ投げ』とは。

実に上手に表現したと膝を打った。


だけど。
着地させたいところはわかるのだけど、誰もが間違えずにその着地点に到達できるような分かりやすいコピーじゃないよね。
誤解を生みやすいコピーだ。
それが更に批判を誘ったわけだし。

 

もしもこれが演劇や映画だったら評価はもっと良かったはずだ。


#MeToo問題だったり医学部入試減点問題だったり、話題のネタもちゃんと盛り込まれている『旬』の雰囲気。

タブルミーニングや暗示。

複雑に絡めていけば絡めるほど評価は上がる。
『creampie』の隠語だって暗喩として評価されたに違いない。
この『作品』はいろんなものを詰め込んであって、じっくり考えてもらうには向いているけど、一瞬の判断をあおぐには向かない素材だったということだ。
つまりアートとしては大成功だけど、広告としては大失敗ということなんじゃない?

 


SNS上の表現について


SNSでは、誰でも好きな時に好きなように世界に向けて発信できる時代になった。
一方で、先日の記事でも書いたように物事が一瞬で判断される時代でもある。
もしも、あなたに何か伝えたいことがあるなら。
それが正しく伝わる方法が何か考えるべきだ。
一瞬のインパクトを与えたいのか、よくよく考えてもらいたいのか。


私には文章を書くことしかできない。
秒で見るものを虜にする、絵を描ける人がとてもうらやましい。
だけど、私の伝えたいことは一瞬で良し悪しを判断するよりも、じっくりゆっくりしっとり考えてもらいたいことなのだ。
地味だけど、少しだけ脳みそを使って心地よく疲れてくれる、そんな話題を提供できたらなと思いました、この一件で。

 


あなたの伝えたいことは正しく受け止めてもらえてますか?

日常のコミュニケーションだって、電話なの?メールなの?手紙なの?

正しい手段を選んでいるだろうか?

 

情報社会といわれるようになった。

 

受け取る情報には敏感になったけれど、発信することにはまだツメが甘いんじゃないか。

こうして、我が身を反省するのでありました。