バリキャリ乙女のイド端会議室

主に婚活、時々しごと。華麗なるバリキャリの脳内会議の一部始終。

恋愛中毒

こんばんは、年間300日スーツで過ごす女、バリキャリ乙女のイシイド マキです。


先日ちょっと風邪を引きまして。
久しぶりに丸々1日外出せずに眠って過ごした時に考えたこと。

 


頭痛薬


頭が痛い。
昨夜から風邪っぽかったので葛根湯を飲んだ。
葛根湯を同量のお湯で割るとよく効くらしい。
でも、お湯で割ってしまうと恐ろしくマズいものができあがることは目に見えている。
だから葛根湯を一口飲んだら白湯を一口飲む。
そうやって交互に飲むといいのよ、と母が嬉しそうに言った。
なんてナイスアイデア
そう思ったけど結局めんどくさくて、飲み会前のウコンよろしく一気飲み。
まぁ、効かない訳じゃないからいいじゃない。


風邪薬を飲んだおかげで、咳と鼻水は収まっているけれど頭痛だけは収まらない。
横を向くとズキズキと痛み、仰向けになれば痛みは和らぐけれど胃がグルグルと音を立てる。
等間隔でもんどり打つしかないのであった。


元々頭痛持ちで月に一度か二度、偏頭痛に襲われる。
そして数ヵ月に一度は吐くほどひどい。
もしかしたら風邪じゃなくていつもの偏頭痛なのかもしれない。


「薬を飲めばいいじゃない」


おっしゃる通り、その通りなのだけど。
休日はできるだけ薬を飲みたくないのだ。
頭痛薬を飲んでしばらくすると独特の臭いが胃の奥からせり上がってくる。
実は結構あの臭いが好きだったりする。
仕事に追われていると気にも止めないけれど、ふと、ひと息つけたときに感じると『あぁ、私頑張ってたな』と思えるのだ。
他人から嗅いだことがないので、自分だけが感じる臭いなのであろうところも好きなポイントだったりもする。
だけどやっぱり休日は極力飲みたくないのだ。
だって『薬は慣れる』というでしょう?
肝心な時に効かなくなってもらっては困るもの。
だからこうして布団を被ってやり過ごす。
明日になればすっかり治っているはずだから。

 


恋愛中毒


『薬が効かなくなる』ということは一種の中毒になっているということなんだろうと思う。


欲しい、けど足りない。
もっと欲しい、もっと足りない。


そういえば『恋愛中毒』という小説だかなんだかがあったようななかったような。
一途にひとりの人を想い続けるのは美しいことだけれど、想いが強すぎて要求に変わると毒になる。


会いたい。
毎日連絡して。
私以外の女の人を見ないで。


学生時代。
普段は三枚目の友人が自らの手首に傷を作った。
もちろん未遂。
誰もが彼女が本気じゃないってわかっていたけど。
イシイドだってその頃、連絡のつかなくなった彼氏に1日20件も電話をかけた黒歴史がある。
誰しも一度や二度、三度くらいはあることでしょう?
毎度という猛者もいるか。


想いと、想いを重ねて重ねることで中毒になっていく。
それは恋人への中毒ではなく『想うこと』の中毒だ。
こうして生まれた毒はこの恋を終わらせる毒にしかならないのに。

 


依存症について思うこと


*依存症と中毒は厳密には別のものなのだけど、ここでは同義のものとして扱います。


法的に禁じられている薬物や過度のお酒など、思考を蝕む依存症は本人の意思の力ではどうにもならないものらしい。
だったらゲームや甘いものならどうなんだろう。


後輩の男の子がタバコをやめた。
結構なヘビースモーカーだったのだけど割りとあっさり。
聞けばタバコの代わりにアメを舐めていたのだそう。
甘いもの好きだもんね。
人は一つのことにとらわれてしまっても、それ以上に(それと同等に)魅力的な代わりがあればあっさり捨て去れてしまうものなんだろう。
甘いものを食べることより運動する楽しさに目覚めてしまったらすんなり痩せられるだろうし、ゲームよりも勉強の方が楽しくなればまた然りだ。
要は代替品があればいいってことか。


だけどもさ。
よく、


「あたしってレンアイ体質でぇ」


なんて言って取っ替え引っ替えしてるお嬢さまもいらっしゃる。
確かにひとりの人に依存してないだけ中毒にはなり難いけれど、依存先が変わってるだけで本質は変わっていないよね。

 


『楽園ネズミ』


では依存から抜け出すにはどうしたらいいか?
ブルース・アレグサンダー博士の「ネズミの楽園」という実験がある。


一匹ずつ金網の檻に入れられたネズミのグループ(植民地ネズミ)と広々として遊び場もあるよい環境に雌雄混合で十数匹を入れたグループ(楽園ネズミ)に分ける。
そしてそれぞれに普通の水とモルヒネ入りの水を与える。
孤独な植民地ネズミは一日中モルヒネ水を飲んでモルヒネに酔いしれるのだけど、楽園ネズミたちは仲間と遊んだりイチャコラしたりしてモルヒネ水には見向きもしない。
もちろんモルヒネ水に興味を持つものもいたけれど、中毒になるネズミはいなかった。


この事から依存症になりやすい条件は『孤独』ということになる。


この実験には続きがあって、植民地ネズミを楽園ネズミのコミュニティに入れてやるのだ。
すると楽園ネズミと交流し始めた植民地ネズミは徐々にモルヒネ離脱の症状を見せる。
そしてついにはモルヒネ水から普通の水を飲むようになるのだという。


依存から抜け出す方法は、自分は孤独でなく社会に受け入れらているという実感なのではないだろうか。


もちろん私たちの社会で薬物依存症患者を社会に解き放つことはできない。
だけど、社会と隔絶する方法もベストではないのかもしれないと思った。

 


『私にはもう必要ない』


薬物依存と恋愛中毒を同格に扱ってはいけないが、恋愛中毒に陥っている人がいれば伝えておきたい。


あなたは恋愛に依存するほど孤独だっただろうか?


今、周りはイケ好かない奴らばかりかもしれない。
だけど、その恋をする前のあなたには楽園ネズミのように家族や友達がいたのではないだろうか。


神様は、我々人間に楽園を与えてはくれない。
だから私たちは楽園をこの手で作らなければならない。
人類最初の女であるイヴは甘い言葉にそそのかされて禁断の実を頬張った。
もしも『唯一の女』でなければ、孤独でなければその誘惑に負けなかったかもしれない。
楽園は二人だけで完結するものではなく、みんなで創るからこそ楽園になるのだ。

 


欲しい。
もっと欲しい。


そう思うなら、いくら与えられても満足しないということ。
つまり、その人は私にとって物足りないということだ。
そんな人のために楽園を出ていく必要なんてない。
あなたはあなたの楽園を作るべきなのだ。
いや、楽園はいつもそこにあったのだよ。

 


なんてことを、天井の火災報知器の緑のランプを見つめながら考えていた。
体調がすぐれなくて眠れないとロクなことを考えない。

文章を書くようになってから、何事も恋愛に結びつけて物事を考える癖がついた。

これこそ本当の『恋愛中毒』か。


時刻は16:30。
ググってみたら『恋愛中毒』は小説だった。
ドラマにもなったらしい。
読みかけの小説を読み終えたら『恋愛中毒』を買ってみようかなと思いながら眠りに落ちた。

 

恋愛中毒 (角川文庫)

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