バリキャリ乙女のイド端会議室

主に婚活、時々しごと。華麗なるバリキャリの脳内会議の一部始終。

猫が住む家

こんばんは、年間300日スーツで過ごす女、乙女イシイドです。

 

いっそがスィー!

 

なんで?
決算終わったよね?
決算より忙しくない?

普段の4月なんて、

 

「暇っすね」

 

「だな。団子でも食う?」

 

みたいな会話してんのよ。
なして?

 

 

四月の訪れとともに

 

4月に入り1人の老紳士がやって来た。

 

「あら、◯◯さん。ご無沙汰しております」

 

この方は私の元お客さま。
6年ほど前、他店と競合してあっさり負けた。
それまで可愛がってもらっていると思ってたので、あまりのあっさり具合に当時は結構凹んだものだ。

 

今となっては恨み辛みを言うつもりもない。
昔話に花を咲かせていたら、いつの間にか契約書にサインをもらっていた。

 

 

こうして、手続きのために久しぶりにお宅を訪ねることになった。
住宅地のど真ん中にある広大な敷地に建物が3棟もあり、それ以外は木や植木鉢。
奥さまの趣味だろうか、華々しい花壇はなく、野草が控えめに花をつけている。
木々や緑はかっちりと整えられた…訳ではなく、無造作に。
こういうのを英国庭園というのかしら?

 

3棟はわりと隣接して建てられているので、その分お庭の空間は少し大きくなる。
周囲をとり囲む純日本家屋とちょうどいい距離感を保って、ここだけ外国のような佇まいだ。
そして遠くからピアノの音が聞こえる。

 

 

母屋のチャイムを鳴らすと奥様が出迎えてくださった。
玄関の戸が開くとピアノの音が大きくなり、はっきりとメロディが聞き取れるようになった。
この家のお嬢さんは有名な楽団のピアニストなのだ。

 

「マキさん、お久しぶり。お変りないわねぇ」

 

「はい、奥様も。この度はありがとうございます」

 

この奥様は顔を出す度にチョコレートをくれる。
しかも海外メーカーのちょっといい小箱だ。
ただ、以前『チョコレートダイエット』が話題になっていた頃だったせいか、カカオ99.0%というチョコレートをくださった。
たったひと欠けで悶絶するくらい苦くて、実は罰ゲームだったんじゃないかと疑っている。

 

今回、お土産に持たせてくださったのは『リンツ』というスイスのブランドチョコレート。
薄さ1ミリくらいのミルクチョコレートで、これはコーヒーにすごく合う。
一枚口に忍ばせてコーヒーを含むと、いつものマグカップがマイセンになったような気分になった。

 

手続きの最中も盛んに私に話しかけてきて、ご主人に

 

「イシイドさんは、今仕事中だから」

 

とたしなめられる。
以前と変わらない風景だ。

 

 

猫の住む家

 

「では、手続きは以上です。
またお控えをお届けいたします」

 

「ポストにでも入れといてくれればいいからね」

 

「ありがとうございます・・・・・?」

 

玄関口まで見送ってくれたご主人がふと、真ん中の建物を見上げた。
1階と2階がおなじ形でてっぺんを強調した三角屋根のお家。
大事に使って小さくなったえんぴつのような形の家だった。

 

私は以前の契約の時に1度だけ中に入ったことがあった。
古いけれどしっかりとした作りのソファとテーブル、オーディオセット。
ご主人はここを隠れ家にするのだとおっしゃった。
私がサボれるように鍵を貸してやろうかと笑ったけれど、さすがにそれは辞退させていただいた。
冗談だったとは思うけど。

 

そして誰に言うともなくポツリと。

 

「あの家はね、猫が1人で住んでるんだよ。
もったいないよなぁ」

 

「マキさん、今日は歩きでいらしたの?」

 

奥様が割って入る。

 

「いえ、すぐそこに路上駐車です」

 

「じゃあ、私もそこまで一緒に行くわ」

 

「そんな、こちらで充分です」

 

「近所のお友だちがまだ来ないのよ。
様子を見ながら一緒に行くわ」

 

半ば、連れ出されるようにお宅を後にした。

並んで歩きながら

 

「ちゃんとねぇ、毎朝エサをやりに行ってるのよ、あの人。
偉いでしょ。
でも、猫に一軒家は贅沢よねぇ」

 

奥様はふふふと笑った。

 

お宅までの道は細く二度ほどジグザグと折れ曲がる。
それはまるで神経質なヘビのようだった。

 

 

十四日の月

 

そしてその夜、私は再びヘビの道を辿っていた。
緩やかな上り坂。


ヒールがカツカツと夜の住宅街に響き渡ってはいけないので、できるだけ踵をつけないように。
端から見れば不審人物だが仕方ない。

 

やがて足音がサクサクと細かな砂利を踏む音に変わった。
郵便受けの前にたどり着くと

 

カンッ

 

乾いた音を立てて封筒がポストに滑り込んだ。
その時、初めて風が強かったことに気がついた。

 

ひょおっと風が吹き雲が切れる。
予告もなく現れた十四日の月は、あの小さなえんぴつを浮かび上がらせると三角屋根の端に引っ掛かった。

 

何かが首筋を撫でたような気がした。

 

 

この家には、猫が1人で住んでいる…

 

猫が1人で住んで…

 

猫が、1人で…

 

 

この家に住んでいるのは『猫』ではなく、『猫と呼ばれる人間』なのではないか?

 

 

この恐ろしい考えに取りつかれた私はえんぴつの家から目が離せなくなった。

 

『ココカラ ワタシヲ ダシテヨ』

 

二階の窓からラプンツェルのように長い長い髪を垂らして…

厚く閉ざされたカーテンの窓。
その向こう側の何かと目が合ったような気がした。

 

弾かれるようにその場から駆け出す。
ヒールの音などもうどうでもよかった。
月に照らされたアスファルトがぬめぬめと本物の鱗のように光り、今にも蠢き出すのではないか。

緩やかな下り坂が長く長く感じた。

 

 

ようやく愛車の運転席に駆け込むと完全に息は上がっていた。

 

二度三度…大きく息を吸い呼吸を整えようとすると、今度は腹の底からクツクツと笑いが込み上げてきて止まらなくなってしまった。

 

いやぁ、今回は久々のヒットだったなぁ。

そう、これは。

 

 

 

バリキャリの、遊び。

 

 

そうなのだ。
お客さまの気になるひと言を拾って膨らませて楽しむのだ。

 

 

仕事は楽しまなくてもよい 

 

労働は辛くて苦しい。
そこにやり甲斐や意義を見出だすことができれば幸せなことだ。
だけど毎回そういうわけにはいかないもの。

だから仕事とは関係ないところで楽しんだっていいじゃない。

むしろ仕事とは離れたところで楽しめる術を身につけたい。

 

 

この家には、猫が1人で住んでいる。
それだけは真実。

 

 

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