バリキャリ乙女のイド端会議室

主に婚活、時々しごと。華麗なるバリキャリの脳内会議の一部始終。

うんめいのひと。

こんばんは、年間300日スーツで過ごす女、乙女イシイドです(´・ω・`)

 

さて、今日は『彼女』のお話。
あなたは『運命の人』っていると思いますか?

 

 

ネットの婚活を始めて数か月。
マッチングした『オトコノヒト』たちはみんな『彼女』のことをアイドルの様に扱った。
「『彼女』さんほど素晴らしい人はいない」
「僕みたいな者が『彼女』さんとお話させていただけるなんて…」
そんな賛辞を受ける度に申し訳ない気持ちになる。
世間的に見ればもう立派なオバさんなのに…
ただの一般人でもネット上に顔写真が載ると、芸能人かなにかと錯覚してしまうものなのかもしれない。
『彼』も『ファン』を自称するうちの一人だった。

 

初めて登録したサイトで腹立たしい失恋をしてから、このサイトに乗り換えた。
前のサイトで手順は覚えたし自信もあった。
登録した翌日には許容範囲の『オトコノヒト』に手当たり次第、声をかけた。
顔の分からない相手でも、だ。
ある意味少し自棄になっていたのかもしれない。

 

『今はほとんど活動していないし、写真も載せていない僕のどこを気に入ってくれたのかわかりませんが、せっかくのご縁なのでよろしくお願いします。』

 

沢山のお返事の中に『彼』がいた。
正直、何で『ごあいさつ』をしたのか『彼女』もよく覚えてはいなかった。
確かにせっかくのご縁なので、繋がったものはありがたく、やり取りをさせていただくことにした。

 

毎日、しっかりと考えられたであろう思いやりのあるメール。
脱落していく他の『オトコノヒト』達とは明らかに違った。
一度だけ、自分だけ顔を知っているのはフェアじゃないから、という理由で数時間だけ顔写真を公開してくれた。
好みの顔だ。
『僕たちは早いうちに会った方がいい』
そんな申し出に他の『オトコノヒト』達のことはもうどうでもよくなっていた。

 

待ち合わせの店にふらふらと歩いてやって来た『彼』は写真とは印象が違って、背は高かったが、よく言えばもう少し線が細い、今になって冷静になればやつれたような印象だった。
それでも充分だった。

 

『彼女』と『彼』は初対面とは思えないほど気が合った(ような気になっていた)。
お茶をして帰るだけの予定だったが、花見とドライブ、夕食まで6時間くらいを一緒に過ごした。
ドライブといっても『彼女』の車でハンドルも『彼女』が握った。
『彼女』が『彼』の車まで送った時には、もう半年も付き合ったカップルの様に自然に「またね」と言った。

 

5回目のデートで結構な遠出をした。
『彼』は煙草を吸ってばかりで(普段はほとんど吸わないそうだ)なかなか喫煙所から動かない。
雨が降ってきた。
『彼』が諦めたように傘を持って『彼女』のところまでやって来て言った。

 

「もう、付き合っちゃう?」

 

いつもは8割敬語で2割のタメ口のくせに。
びっくりするような軽い口調で言った。
少しだけ声を上ずらせて。

 

『彼女』はまだ早いと思った。
思ったところでどうにもならないこともわかっていた。

 

「夏にはうちに挨拶に行くから」

 

こうして『彼女』と『彼』は『恋人同士』になったのだ。

 

 

そして二ヶ月後。
『彼』は『彼女』に「別れたい」と言った。

 

順調だと思っていた。
休みの少ない『彼女』に合わせて『彼』が有給を取っていた。
しまった!と思った。
始めは申し訳ないと断ったが、会社が有給消化をさせたがっていて「月に2回はとらないといけないんだ」という言葉にすっかり安心しきっていたのだ。
『彼』は『彼女』が『彼』の休みに合わせて休もうとしないことを自己中心的だと言う。
土日が書き入れ時の『彼女』にとって、土日に休暇を取ることは成績を直撃する。
それでも『彼女』は心から『彼』に謝罪し、翌々週の土曜日に休みを取ることを約束してその場を納めた。

 

一緒に出掛けると雨が降ることが多かった。
『彼』はそれは『彼女』のせいだと言い、自分たちは相性が悪いのではないかとも言うのだ。
梅雨時を過ぎても、日本の夏は雨が多い。
相性が悪くて雨が降るなら、いっそ砂漠にでも行けば人助けにもなるだろうか。

 

 

ある時、『彼』が珍しくたずねた。

 

「僕の一番好きな歌って何だと思う?」

 

特に音楽にこだわりがあるわけでもなさそうだったので面食らって答えずにいると、

 

「僕はね、僕の一番好きな歌を一発で当てた人が『運命の人』だと思ってるんだ」

 

 

心臓が跳ねた。

 

 

『試されている気がした…』

 

 

ふと、ある曲が頭に浮かんだ。
だけど『彼女』は曖昧に言葉を濁してうやむやにした。
『彼女』には、それを口に出す勇気がでなかったのだ。

 

それから月に1度、土日に休日を入れる。
周到に根回しをして上司や同僚に頭を下げた。
働き盛りで勢いのある後輩たちにしてみれば、社歴だけ長くふわふわと甘えたことばかり言うお局など煩わしいばかりの存在だろう。
聞こえるように
「忙しいときに休みやがって」
と陰口を叩くが
「『彼女』もいい年だから。いい加減に幸せになってもらわないとな」
と結局は送り出してくれる。
本当に頭が上がらない。
涙が出るほどありがたかった。

 

だけど土日は月に4回もやって来て合計すると8日間もある。
そのうちの一日を一緒に過ごしてもまだ7日もある。
その度に
『お仕事がんばってください。僕は暇です。』
そんなLINEが送られてくるのだ。
商談の合間に返信をする。
目に見えて成績は落ちていった。

 

 

少しして『彼』はまた「別れたい」と言い出す。
土日に一人でいると「死にたくなる」などと言うのだ。
『彼女』はまた宥めすかす。
一緒に住むようになれば仕事を変わることだってできるんだよ、と。
すると「それは重たい」と言う。

 

そんなことを何度か繰り返した。


『彼』は土日に休めとは言わなくなった。
やがて土日のLINEだけ、既読が付くのが遅くなっていった。

 

 

そしてまた。
だが、今回は少し違った。
電話の声に勢いがある。
意気揚々と言った感じだ。

 

「よく考えたんだけど、やっぱりもう無理だよ。僕は僕が会いたいなと思ったときに会える人がいいんだ。キミとだと、何日も何週間も前から約束しておかないと駄目でしょう?」

 

そうか、そういう事か。
自分に『都合のいい方』を選んだか。

どちらも、と思わなかっただけでもまだマシか。
わたしの時間はあなたの暇潰しのためにあるのではない。
その時間を作るために、どれだけ神経をすり減らしたことか。

この期に及んで『彼』はまだ続ける。

 

「本当に『運命の人』だと思ったんだよ」

 

その時、『彼女』の頭の中であの曲が鳴り響いた。

 

「初めてメールが来たとき、あのサイトはやめるつもりだったんだ。そんなタイミングだったから『運命の人』だと思ったんだよ。」

 

音は、止んだ。

 

「わたしは、わたしの時間は、私を本当に大切にしてくれる人のために使いたい」

 

「さようなら」

 

電話のむこうで、そう言った『彼』の声は隠しきれない笑いを噛み殺していたように感じた。

 

 

『彼』にとって『運命の人』とは、雨や会えない時間、何物にも邪魔されることなく、とんとんと滞りなく進んでいく相手でなければならないのだ。

 

『彼女』は思う。
雨の日もあれば晴れの日もある。
この世ならざる不思議な力に守られたような、そんな人生はいらない。
不測な事態があれば、それを乗り越えるために互いに知恵と労力を惜しみ無く出しあいたい。
そんな相手こそが私の『運命の人』だ。

 

『彼女』と『彼』はもう二度と会うことはないけれど

 

『彼』は今も『運命の人』を探している。
探し続けている。